東京高等裁判所 昭和26年(ネ)1343号 判決
一、控訴人鬼塚昌停との関係において、被控訴人宮内が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十九番地の五宅地十二坪四合三勺につき、賃料月六円三銭、期間昭和十九年九月一日から満二十年(但し昭和二十年七月十二日から昭和二十一年九月十四日までを算入せず)、期間満了毎に契約を更新することを得る特約附の賃借権を有することを確認する。
二、控訴人三興産業株式会社は、被控訴人宮内に対し、東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十九番地の一、三、四、五所在木造木羽葺平家建一棟建坪三十二坪の内右借地上に存する二坪の部分、同じく木造トタン葺平家建一棟建坪三坪の内右借地上に存する一坪五合の部分及び右借地上に存する板塀を収去して右借地を明渡せ。
三、控訴人鬼塚、日本生活文化株式会社、新日本工業株式会社はいずれも右二棟の建物の右借地上に存する部分から退去して右借地を被控訴人宮内に明渡せ。
四、控訴人鬼塚昌停との関係において、被控訴人亀田が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十七番地の八宅地七坪八合三勺につき、賃料月四円七十九銭その他第三項と同内容の賃借権を有することを確認する。
五、控訴人鈴木は被控訴人亀田に対し右借地上に存する塀木石その他の物件を収去して右借地を明渡せ。
六、控訴人鬼塚昌停との関係において、被控訴人近藤が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十七番地の九宅地七坪八合一勺につき、賃料月四円七十八銭その他第三項と同内容の賃借権を有することを確認する。
七、控訴人鈴木は被控訴人近藤に対し右借地上に存する塀木石その他の物件を収去して右借地を明渡せ。
八、控訴人中央運輸倉庫株式会社との関係において、被控訴人大浦が東京都中央区日本橋箱崎町二丁目二十七番地の六宅地十八坪一合四勺につき、賃料月八円四十八銭その他第三項と同内容の賃借権を有することを確認する。
九、控訴人三興産業株式会社は、被控訴人大浦に対し、右番地所在木造トタン葺平家建一棟建坪十九坪(登記簿上同町二十七番の二、建坪十五坪)の内右借地上に存する十二坪の部分を収去して右借地を明渡せ。
十、控訴人中央運輸倉庫株式会社、水野はいずれも右建物の右借地上に存する部分から退去して右借地を被控訴人大浦に明渡せ。
控訴費用は控訴人等の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一ないし第十二項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人兼被控訴本人近藤において、(一)控訴人中央運輸株式会社は昭和二十六年六月十九日その商号を中央運輸倉庫株式会社と変更した。(二)従前主張した本件宅地建物の所在地番を主文掲記のとおり訂正する。(三)主文第十一項表示の建物は控訴人三興産業株式会社の所有に属し、これを控訴人水野と同中央運輸倉庫株式会社とが共同占有しているものである。(四)訴外久世広武と被控訴人等間の賃貸借契約には期間満了毎に契約を更新することを得る特約が存したのである。と、述べ、控訴代理人において、被控訴人等主張の前記(一)の商号変更、(二)の本件宅地建物の所在地番変更の事実は認める、(四)の特約の存する事実は否認する。(イ)罹災都市借地借家臨時処理法は、建物所有のために建物所有に適する土地について恩典を与えたものであると解するところ、本件各被控訴人の借地は建物所有の目的を達することができない、すなわち、被控訴人宮内の借地坪数は十二坪四合三勺、被控訴人亀田の借地坪数は七坪八合三勺、被控訴人近藤の借地坪数は七坪八合一勺、被控訴人大浦の借地坪数は十八坪一合四勺であるところ、建築基準法第五十五条によれば、本件の如き住居地域における建築物の建築面積は、敷地面積から三十平方メートル(約九坪)を引いたものの十分の六を、こえてはならないことになつているので、被控訴人大浦を除き全部建築不能であり、大浦とて五坪四合八勺四才を残すのみであるから、実際において建築不能である、さすれば本件各被控訴人の借地は罹災都市借地借家臨時法の保護の対象とならず、その適用なきものである。(ロ)被控訴人近藤は借地上に建物を所有していたことはなく、借地上に存した建物は近藤和子の所有に属していたのである、したがつて被控訴人近藤は、その借地権をもつて、第三者たる控訴人に対抗することができないものである。と述べ、被控訴人近藤において、同人の借地上に存した建物は、登記簿上近藤和子の所有名義となつていただけであつて、実質は被控訴人近藤の所有に属していたものであるから、同人は、その借地権をもつて、第三者たる控訴人に対抗することができるものである。と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
本件の各宅地がもと訴外久世広武の所有であつたことは控訴人等の認めるところであつて、成立に争のない甲第一ないし第五号証、第十三号証の一、二、第十七ないし第二十号証の各記載、原審における証人浅田久三郎、被控訴人近藤三郎本人の各尋問の結果を綜合すると、被控訴人等がそれぞれその主張の本件各宅地をその主張の条件で賃借し、その各借地上にそれぞれ建物を所有していたことを認めることができる。そして右各建物が昭和二十年三月十日の空襲によつて罹災滅失したことは当事者間に争がない。してみると、被控訴人等は、それぞれ罹災建物が滅失したとき以後、その敷地について権利を取得した第三者に対し、右敷地の借地権をもつて、対抗することができるものである。
控訴人等は、被控訴人近藤の借地上に存した建物は、近藤和子の所有であつたから、被控訴人近藤は、その借地権をもつて、第三者に対抗することができない旨主張し、被控訴人近藤の借地上に存した建物が登記簿上近藤和子の所有名義であつたことは被控訴人近藤の認めるところであるが、前示甲第一号証の記載、被控訴人近藤三郎本人尋問の結果によると、右建物は実質は被控訴人近藤の所有に属し、同人はこれをその子で成年に達していなかつた近藤和子の所有名義に登記していたにすぎなかつたことが認められるので、かような場合、被控訴人近藤は、その借地権をもつて、第三者に対抗し得るものと解することが建物保護ニ関スル法律第一条の律意に副うものと考える。蓋し同法条が借地上に存する建物の登記をもつて民法第六百五条に代へ登記なき土地賃借権をもつて第三者に対抗し得べき旨を規定した所以は、当該土地の取引をなす者において、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有し得べき土地賃借権その他の権原を有することを推知することができるから、その権原に相応する登記がなくて該権原を主張せしめても、これがため取引者に不測の損害を蒙らしめる虞がないものとなしたに由るからである。(大審院昭和十四年(オ)第七八九号同十五年七月十一日判決参照)してみると、被控訴人近藤の借地権は、戦時罹災土地物件令第六条により、次いで同令の廃止とともに施行の罹災都市借地借家臨時処理法第十条により、第三者に対抗し得るものである(東京高等裁判所昭和二十七年(ネ)第七七九号同年十月六日判決参照)から、前記控訴人等の主張は採用に値しない。
控訴人等は、被控訴人宮内については、控訴人鬼塚との間に替地契約をした旨被控訴人近藤については、訴外加藤倉吉に対し、また被控訴人大浦については、訴外大川寅吉に対してそれぞれ借地権譲渡をなした旨主張するが、この点に関する証人甲斐実義の原審における証言、証人岡本辰雄、控訴人鬼塚昌停本人の原審並びに当審における各供述は、当審における証人宮内きよ、被控訴人大浦富雄本人、原審における被控訴人近藤三郎本人の各供述と対比して、採用し難く、他に右控訴人等の主張事実を認めるに足る証拠はない。
控訴人等は、本件各被控訴人の借地は、建築基準法第五十五条によると、被控訴人大浦を除き全部建物を建築することが不能であり、大浦とて五坪四合八勺四才を残すのみであるから、実際において建築不能である、したがつて罹災都市借地借家臨時処理法の保護の対象とならない旨主張するが、よしんば建築基準法に従つた建築ができないとしても、被控訴人等の有する借地権について罹災都市借地借家臨時処理法の与える保護がないとなし得ないことは、両法制定の趣意の相違に徴して疑を容れないから、採用に値しない。
しかして被控訴人鬼塚が昭和二十三年四月二十八日訴外久世広武から本件各被控訴人の借地を含む三百三十三坪余の宅地を買受けたことは当事者間に争のないところであつて、控訴人中央運輸倉庫株式会社(昭和二十六年六月十九日中央運輸株式会社なる商号を中央運輸倉庫株式会社と変更したことは当事者間に争がない。)が昭和二十五年二月三日控訴人鬼塚から被控訴人大浦の借地を含む七十九坪九合の宅地を買受けたことは、前示甲第五号証、第十三号証の一、二、第二十号証の各記載、原審における被控訴人近藤三郎本人尋問の結果を綜合してこれを認めることができる。
してみると、被控訴人宮内、亀田、近藤は、いずれも、その各借地につき所有者となつた控訴人鬼塚に対し、また被控訴人大浦は、その借地の所有者となつた控訴人中央運輸倉庫株式会社に対し、罹災都市借地借家臨時処理法第十条により、その借地権をもつて、対抗することができるものといわなければならない。
控訴人等は、控訴人鬼塚は本件各係争土地を含む二千二百坪の宅地を、昭和二十年十二月に久世広武から、賃料一ケ月二千三百円で期間の定めなく建物所有の目的で賃借したものであるから、被控訴人等の借地権は控訴人鬼塚の借地権に対抗することができず、却つて同控訴人の借地権によつて優先される旨主張し、原審証人浅田久三郎の証言により、その成立を認め得る乙第一ないし第三号証の各記載、原審証人甲斐実義の証言、原審並びに当審における控訴人鬼塚昌停本人尋問の結果を綜合すると、遅くとも昭和二十一年四月には、控訴人鬼塚は、本件各土地を含む約千六百五十坪の宅地を、建物所有の目的で、期間の定めなく久世広武から賃借していたことが認められるが、当時は戦時罹災土地物件令が施行されていたから、被控訴人等の借地権は、同令第三条第一項により、建物滅失後その存続期間の進行を停止し、いわゆる睡眠状態にあつたのであつて、控訴人鬼塚の借地権取得は、この睡眠期間中のことである。そしてこの借地権の睡眠は、同令第四条第一項及び第四項による臨時使用権を認めるための一時的措置であるから、睡眠状態にあつたことによつて借地権の蒙る不利益は、この臨時使用権を認容すること以上に出るべきではない。しかも民法第六百五条から建物保護ニ関スル法律第一条、さらに借地借家臨時処理法第七条から戦時罹災土地物件令第六条に至る一連の規定の立法推移を考えると、同令第六条にいわゆる「土地ニ付権利ヲ取得シタル第三者」とは、当該土地につき物権を取得した者に限らず、賃借権ないし転借権等の権利を取得した者も含まれるものと解するを相当とする。さすれば、同令が効力を有していた当時は、本件各土地については、被控訴人等の借地権と相容れない他の借地権の存在を認容するに由ないものである。罹災都市借地借家臨時処理法の施行と共に、戦時罹災土地物件令は廃止されたのであるが、同令第六条の定めた借地権の保護を廃止すべきなんの理由もないので、同条に代へ制定されたのが罹災都市借地借家臨時処理法第十条である。したがつて、同条にいわゆる「土地について権利を取得した第三者」とは、前示罹災土地物件令第六条について説明したところと同様に解するを相当とする。右のように解するからといつて、対抗せられる第三者の権利を全く無視してしまうことも穏当を欠く。同令が借地権の睡眠中に臨時使用権を認めた精神を汲んで、本件における控訴人鬼塚の久世からの土地賃借を、同令第四条第四項の臨時使用権の範囲内で有効と認めるのを相当とする。罹災都市借地借家臨時処理法は、第二十九条において、かかる使用権が同法施行後二年間存続すると定め、第三十二条によつて、使用権者に対し、右期間内に、借地権者にその有する借地権の譲渡の申出をすることによつて、その借地権の譲渡を受けることを許しているから、控訴人鬼塚は、昭和二十三年九月十四日までは、同法条に従い被控訴人等に対し、借地権譲渡の申出をすることによつて、その有する借地権の譲渡を受けることができたことになる。しかるに罹災建物が滅失した時以後昭和二十一年六月三十日までの間に借地権または臨時使用権を取得した第三者は、同法第十条にいわゆる「土地について権利を取得した第三者」に該当しないとし、従前の借地権を否認することができるという解釈をとれば、右借地権譲渡の申出権を認めたことが無意味になるであろう。以上の考察によつて、前記控訴人等の主張は到底採用に値しない。
しかして以上説示したように、被控訴人等の借地権が争われているのであるから、被控訴人宮内、亀田、近藤が控訴人鬼塚に対し、また被控訴人大浦が控訴人中央運輸倉庫株式会社に対し、それぞれその有する賃借権の確認を求める本訴請求は、いずれもその理由がある。
次に控訴人三興産業株式会社が主文第四項掲記の二棟の建物を有し、その建物の内それぞれ二坪、一坪五合の部分が主文第三項掲記の被控訴人宮内の借地十二坪四合三勺上に存することは原審における被控訴人近藤三郎本人尋問の結果によつて、これを認めることができ、また同控訴人が右借地上に板塀を囲らしていることは同人の認めるところであり、控訴人鬼塚、日本生活文化株式会社、新日本工業株式会社がいずれも右の三興産業株式会社所有の建物を占有使用し、右二坪、一坪五合の部分に相当する敷地を占拠していることは、前示被控訴人近藤三郎本人尋問の結果から認められる。
また控訴人鈴木が主文第六項掲記の被控訴人亀田の借地七坪八合三勺及び主文第八項掲記の被控訴人近藤の借地七坪八合一勺上に、塀木石その他の物件を存置して右借地を占拠していることは、弁論の全趣旨と前示被控訴人近藤三郎本人尋問の結果によつて、これを認めることができる。
更にまた控訴人三興産業株式会社が主文第十一項掲記の建物を有し、その内十二坪の部分が主文第十項掲記の被控訴人大浦の借地十八坪一合四勺上に存し、控訴人水野、中央運輸倉庫株式会社がいずれも右建物を占有使用し、右十二坪の部分に相当する敷地を占拠していることは、成立に争のない甲第二十一号証、同第十五号証の各記載、前示被控訴人近藤三郎本人尋問の結果を綜合して、これを認めることができる。
しかして控訴人等は、上来説示した以外に、土地占有を理由あらしめる事由については、なんら主張立証をしないから、反証のないかぎり、控訴人等の本件土地占有は不法というべく、控訴人等は、これにより、被控訴人等の賃借権を侵害しているものということができる。したがつて被控訴人等の賃借権に基く土地明渡請求もその理由がある。
以上の次第であるから、被控訴人等の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないが、被控訴人等は当審で、第一審被告中央運輸株式会社はその商号を中央運輸倉庫株式会社と変更したと述べ、また本件宅地、建物の所在地番を訂正し、更に主文第十一項掲記の建物は中央運輸株式会社の所有でなく、控訴人三興産業株式会社の所有に属し、これを控訴人水野と中央運輸倉庫株式会社とが共同占有していると訂正補述したので、原判決主文第一ないし第十項を変更すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)